「Japan Inside」に活路、シェーデ教授
少子高齢化が進む日本は今も経済大国であり、多くの技術で先頭を走っている。なぜそんなことが可能なのか。
記事
2025年1月7日付日経記事「荒波をこえて(2) 「ニッポン入ってる」に活路 ウリケ・シェーデ カリフォルニア大サンディエゴ校教授」によれば、
「過去30年、日本は他国が克服できないような難題に直面してきた。
経済の低迷、少子高齢化、韓国・台湾・中国との競争激化といった要因が、衰退する国家というナラティブ(物語)を形成してきたのである。
これらのマイナス要因があっても日本は今も経済大国であり、多くの技術で先頭を走っている。なぜそんなことが可能なのか。
マクロデータの背後には、企業の力強い再発明の物語を読み取ることができる。その物語は不確実性の時代を乗り切る指針になるだろう。
20世紀の大半を通じて日本経済の特徴は、高品質の最終製品の大量生産と同義だった。
家電から自動車に至るまで「メード・イン・ジャパン」のラベルは日本の卓越性を世界に証明していた。だが1990年代後半になると北東アジアの新興国が日本の製造技術を習得し、低コストを武器に日本の利益を侵食し始める。
上昇気流に乗る相手との正面衝突は無益だと気づいた日本のトップ企業は、ペースは遅くとも計画的に戦略を転換した。
グローバルなバリューチェーンの川上に軸足を移し、先端材料、先進的な部品、製造機械、工場自動化に力を入れるべきだと見抜いたのである。
こうした分野なら、日本が蓄積してきた知識や能力を、他国が必要とする材料・部品・装置の発明や改良に生かすことができる。
筆者が「ジャパン・インサイド(ニッポン入ってる)」と名付けたこの戦略転換の意味は、いわゆるスマイルカーブから読み取ることができる(図参照)。
スマイルカーブは製品のバリューチェーンにおける収益性の変化を示すグラフだ。
最も利益率が高いのは設計や先端的な研究開発を行う川上部門と物流・販売を担当する川下部門である。かつて日本が得意とした中流部門の組み立て工程は中国など新興勢力の台頭で利益率が低下している。
そこで日本企業はコモディティ化した製品から撤退し、川上や川下へシフトした。半導体分野を例にとると、いまや日本企業は先端材料と製造装置で競争力を発揮している。これらはグローバルなバリューチェーンに根を下ろし、日本に価格決定力をもたらした。
新しい優位性はメード・イン・ジャパンほど目立たない。「Japan Inside」と書かれたラベルが携帯電話やノートPC、自動車あるいは世界各地の建築物に貼られているわけではないのだ。それでも日本製の材料や部品はあらゆるところに埋め込まれている。ここに挙げた製品の製造に不可欠な部品の中には、日本企業だけで世界シェアの100%を占めるものもある。
筆者はこうした日本の戦略的な再発明を「舞の海戦略」と名付けた。1990年代に活躍した大相撲力士、舞の海関からの命名である。舞の海は小兵でありながら体格と強度で勝る大型力士を打ち負かしてきた。正面衝突では勝ち目がないと気づき、さまざまな新機軸に活路を見いだした。現役時代に33種もの決まり手をはじめ多彩な技を発明、習得した舞の海は「技のデパート」と呼ばれた。
過去20年で日本のトップ企業がやってのけた戦略転換はまさにこれだ。世界の技術の最前線で伍していくため、日本企業はより賢明に、より機敏になった。
今日のグローバル経済では今なお規模がものをいう。多くの資産、知識、資源を持っているほど市場支配力は強まる。
日本企業は世界の巨大企業に正面から挑む規模はない。だから勝つために舞の海と同じく、賢くすばやく先んじて優位を築く必要があった。
ジャパン・インサイドの戦略は一夜にして生まれたわけではない。企業戦略、組織構造、イノベーション・プロセスの根本的な見直しが必要だった。
好例が富士フイルムだ。かつての写真フィルムメーカーはデジタル画像、化粧品、医薬品で世界の先頭を走る企業に変貌を遂げた。一方、競争相手だった米コダックは数万人を解雇し、2012年に倒産した。
再発明は事業構成の見直しにとどまらない。今日では画期的なイノベーションが必須であり、それを可能にする新しい経営と人事システムが求められている。
例えば旧昭和電工と旧日立化成が統合したレゾナックは終身雇用と継続的カイゼンを補うため、再生と再発明への取り組みに社員を関与させる先見的な人事慣行を導入している。
日本全体では、こうした事業転換におよそ一世代かかっている。これはひどく遅いようにも見える。だが計画的に行動した日本は、現在の欧米で見られるような社会不安を引き起こすことなく産業構造の転換に踏み出すことができた。
結局これは選択の問題である。日本は社会への打撃をできるだけ抑えるため、あえてスローペースを選んだと考えられる。ゆっくり組織的に進めたおかげで、日本の労働者は雇用制度の変化に、サプライヤーはグローバル化に対応できた。
低成長をはじめ高い代償を伴ったが、スローは停滞とイコールではない。社会の不安定化の方が高くついたかもしれないし、遅いことが無能とは限らない。いずれにせよ日本は社会の安定を選択したのだ。
地政学的な緊張関係やサプライチェーン(供給網)の混乱、急速な技術変化が日常となった。このようなグローバル環境で、舞の海戦略による方針転換は日本にレジリエンス(強じん性)を与えた。
日本のトップ企業は需要の大きい高性能部品・材料と川上部門のイノベーションに集中した結果、コモディティ化した完成品市場の競争圧力を遮断することに成功している。
近年は脱グローバル化と生産の国内回帰が世界的潮流だが、最終製品がどこで組み立てられるにしても、日本の先端的な部品や装置は不可欠だ。
加えて1980年代後半のバブル経済の前から、日本企業はグローバルな製造網を構築してきた。このため舞の海戦略の成果は、国内生産のみを対象とする国内総生産(GDP)や貿易統計に完全には反映されていない。
日本は米国をはじめ世界各地に進出し、多くの製造拠点を置いている。こうした地域展開は貿易摩擦が頻発したとしても防波堤の役割を果たす。
経営者の役割は未来を予測することではなく、未来の機会を発見できる企業をデザインすることである。日本のトップ企業の経営陣はまさにそれをしている。
米国を追いかけるのではなく、自分たちが長年の競争優位を持つ重要なバリューチェーンにおいて技術力で先頭に立つための独自の道を切り開いた。
こうした転換に成功した企業群は、日本という国が経済成長と社会・環境の安定、技術進歩と人類の幸福を両立させる新しいバランスを見つけることに大いに貢献したといえよう。
国内からはそうは見えず、歩みが遅すぎると感じるかもしれない。
だが世界の視点からすれば、日本の戦略的再発明は力強い転換の軸足となっており、この先に待ち構える嵐も乗り越えられるように見える。」
動画もあります
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