中東混迷、米による安全神話崩壊で
1945年2月、ルーズベルト米大統領はヤルタ会談の帰路、中東に立ち寄り、スエズ運河でサウジアラビアのアブドルアジズ初代国王に会った。石油を世界に安定して届ける代わりに米国が国家の安全や航路を守るという暗黙の契約が交わされた。
それから80年。米国に対する信頼や同盟は崩れ去り、中東各国は個別の生存戦略を考えなくてはならない時代に突入した。
トランプ氏はイランの憎悪に火をつけたまま問題を放り投げようとしているかにみえる。
記事
2026年4月27日付日経記事「トランプ氏迷走、湾岸諸国「てんでんこ」 米による安全神話崩壊で 中東混迷・不信の連鎖㊤」によれば、
「2月末からのイランでの軍事衝突は不安定な停戦がつづく。安全神話の崩壊を身をもって知った各国は盟主・米国の不在を前提に、身を守るすべを探る。中東でわずかに存在していた均衡と安定は失われ、恐怖と憎悪の時代に突入した。
アラブ首長国連邦(UAE)アブダビのサディヤット島。砂漠のなか、並び立って輝く白亜の建造物は、イスラム教のモスクとキリスト教の教会、ユダヤ教のシナゴーグだ。
第1次トランプ政権が実現させたイスラエルと一部アラブ諸国の和解「アブラハム合意」を記念し、平和や共存の象徴としてつくられた。むなしき理想の残骸に近寄る者の姿はない。
2023年10月のガザ衝突発生後、7万人以上のパレスチナ人、2000人以上のイスラエル人、3000人以上のイラン人が戦争で命を落とした。「ディールの達人」を自称するトランプ米大統領のビジョンなき介入は事態を収拾するどころか秩序を破壊した。
イランは革命防衛隊が主導する一段と強硬な体制に生まれ変わった。封じていた対立が再燃し、同盟は傷つき、強者がルールを壊す前例をつくった。欧米の欺瞞(ぎまん)を突く過激派の主張はかつてなく通りやすくなっている。
1945年2月、ルーズベルト米大統領はヤルタ会談の帰路、中東に立ち寄り、スエズ運河でサウジアラビアのアブドルアジズ初代国王に会った。石油を世界に安定して届ける代わりに米国が国家の安全や航路を守るという暗黙の契約が交わされた。
それから80年。その約束が一瞬のうちに崩れ去ったことにアラブ諸国は衝撃を受ける。トランプ氏はイランの憎悪に火をつけたまま問題を放り投げようとしているかにみえる。
危機をむかえた「その日」に米国は来てくれないかもしれない。くすぶっていたアラブ諸国の疑念は確信に近づいただろう。
「中東てんでんこ」。ある日本のベテラン外交官は米戦略の迷走で生まれた地域の混乱をこう表現した。「てんでんこ」は、津波などの非常時には家族や友人をきづかうのでなく、てんでんばらばらに逃げるのがよいという三陸地方の教えだ。
ジョンズ・ホプキンス大学大学院のハル・ブランズ教授は「セルフヘルプ(自助)の時代の到来」と表現する。信頼や同盟が崩れ去り、各国は個別の生存戦略を考えなくてはならない。
サウジの実力者ムハンマド皇太子はトランプ氏にイラン攻撃を強く求めた指導者とされる。だがイランの核脅威の除去や代理勢力のネットワーク破壊をやり遂げないまま米国が去るのは最悪のシナリオだ。
イラン停戦を仲介したパキスタンは2025年、サウジと相互防衛協定を結んだ。一方への攻撃を両国への攻撃とみなす北大西洋条約機構(NATO)式の反撃義務をふくむ強力な安保協定だ。
両国はパキスタンがもつ核の傘の下にトルコなどイスラム教スンニ派を含めた安保グループに発展させ、シーア派のイランに対抗しようとしているとされる。
このグループの陰の盟主は中国だろう。3月末にイスラマバードで開いたグループの外相会議の直後、パキスタンのダール外相は中国へ飛んだ。中国は中東の覇権争いで自滅する米国をただ眺めていればよかった。
「10年前、(米中や米ロの)新たな冷戦は最悪のシナリオのように思われた。だが米国が民主主義陣営のリーダーの立場に回帰することは、我々にとっていまや最大の希望だ」とブランズ氏はいう。
米国は秩序の守護者どころか、中ロと一緒になって既存のルールの修正を試みようとしている。行き着く先は、力とディール(取引)が支配する弱肉強食の社会だ。
そこでは米国ですら捕食者になることを警戒しなくてはならない。寒々しい新時代の風景をいまの中東は世界に教えている。(中東駐在編集委員、岐部秀光)」