後期高齢者には、「心の友」が必要です

「心の友」は、五輪真弓(1951年1月生まれ)が1982年に発表し、インドネシアで大流行した歌です。
五輪真弓「心の友」(五輪真弓ライブ「時の流れに」より)
私が、この曲を知ったのは、昨年(2023年)5月でしたが、「若干認知症」の私が、そう遠くない将来、施設に入居した際に、インドネシア出身の職員さんと一緒に歌おうと思って覚えました。
今年5月、母が入居する施設で、母の100歳の誕生会が開催されたのですが、その施設で働いていたベトナム出身の職員さん2人に「心の友」を知っているか聞いてみたところ、2人とも知っているとのこと。ベトナム人も知っていることが確かめられました。
ウィキペディアによれば、
「心の友」は、日本ではヒットしなかったのですが、1983年に彼女のコンサートで同曲を聴き感銘を受けたインドネシアのラジオ関係者が、アルバムを持ち帰り現地で放送したのをきっかけに広まり1985年頃には大ヒット。
その後、中学校の音楽の授業で課題曲にもなり、第2の国歌と言われるほど世代を超えて日本語で歌い継がれているとのこと。
2023年6月、天皇・皇后両陛下が、即位後初となる国際親善訪問としてインドネシアを国賓訪問した際、ボゴール宮殿で開かれたジョコ大統領夫妻主催の昼食会において、インドネシア伝統の弦楽器ササンドゥにより、「心の友」の演奏が披露されました。
私は、それをテレビのニュースで見て、「心の友」は、インドネシアにおいて、いまだに「第2の国歌」的な存在であると感じました。
私は、歌には、言語や文化の違いを乗り越える力があると思っています。
私がサラリーマン時代の頃の上司が、フランスに出張した際、歓迎会で「サントワマミー」(アダモの曲で、フランスのヒット曲。日本では、越路吹雪が、岩谷時子の日本語詞で歌ってヒット)を歌ったら、フランス人に大うけしたという話をしてくれたことを思い出します。
日本人が、原語で歌える外国の歌といえば、「Happy birthday to you」ぐらいのものであることを考えると、「心の友」が、インドネシアで大流行し、日本語で歌い継がれているというのは奇跡であり、そこに、日本人とインドネシア人が交流できる大きなチャンスがあると思います。
「心の友」が歌えれば、今後、施設でお世話になるであろうインドネシアやベトナム出身の職員さんと親しくなれることは間違いありません。
ぜひ、「心の友」をyou tubeで聞いてみてください。
インドネシア・ベトナムだけでなく、東南アジア各国でカバーされて歌われていることがわかると思います。
(関連ブログ)
在留外国人数322万人(2023年6月末時点) 前年比14万人増 - 後期高齢者のポートフォリオの今
人生100年時代、後期高齢者に必要なもの - リタイア生活は外債利子で